スペインの更年期おばさん
これまでアメリカ、メキシコなど7か国8家庭に滞在したが、今もワースト1に輝いているのが98年に2週間滞在したスペインの『バモス家』である。理由は簡単、ステイ先のおばさんのことが気に食わなかったからだ。スペイン語で「バモス」とは、英語の「レッツゴー」的な意を持つ。この「バモス」をおばさんはよく使っていたので、家の名を勝手にこう命名した。

バモス家のおばさんは、42歳。スペインの学園都市サラマンカに、自動車工場勤めのご主人と7歳の娘、舅と住んでいた。家は4LDKの賃貸マンションで、空いてる1室を学生に貸していた。費用は1泊2食、他の学生とのシェアで当時約1700円だった。スペイン語学校の紹介で世話になることに決まったのだが、家に行った初日に私は「あ、こりゃアカンわ」と思った。なにしろ室内は狭いし埃だらけ、食事はチョーマズ。その上、おばさんは私が「禁煙を始めた」と知ったとたん「あら、そう?」と言って煙草をくわえ、火を着けて煙をスパーッと吐いた後「吸いたいんでしょ? ほれほれ」と私に煙草を差し出すような人だったのだから。
『ムカつくんだよ!』
言いたかったが言えなかった。なぜなら、おばさんはチョー怖い人でもあったから。その怖さは、たいてい昼食時に露見した。スペインでの食生活は、昼食が日本の夕食に当たり、最も豪華な食事のはずなのだが、同家に滞在中は、おばさんと娘、同室のベルギー人学生と4人で大量の炭水化物をせっせと胃に流し込むだけだった。

その日は大皿一杯の『トマトソース和えぐったりパスタ』だった。私は見ただけでげんなりした。が、私が食べる手を一瞬でも止めようものなら、おばさんは鋭い目でぎろりと睨んで「どうしたの? 早く食べなさい」とくる。そこで、「マズイから要らない」と席を立つほどの根性は私にはない。仕方なく機械的に手を動かしていた。と、子供が突然「食べたくない」と言い出した。

おばさんは目を30度ほどつり上げた。
「要らない」
子供はムキになって答えた。
「ダメ、食べなさい。バモス(さぁ)」
低い声が狭いダイニングに響いた。
「いや」
娘は半泣きで反抗する。
「バモス」
おばさんは目を60度までつり上げ、右手で小さな丸テーブルをバンと叩いた。子供はびくんと肩を震わせたが、それでも「要らない!」と答えた。
おばさんは今度は両手でテーブルをバンと叩いて「バモス」と叫んだ。 テーブルのお皿が踊った。一緒に私たちも飛び上がる。それでも子供は「イヤん!」。おばさんはバンと叩いて「バモス」。子供は泣きながら「イヤイヤぁ」。
バン「バモス」「イヤ」バン「バモス!」「イヤぁ!」
「許しません! バモスよ、バモォ~ス!!」
とうとうおばさんは絶叫し、左手で子供の顎をぐいとつかんだ。そして、子供の口をぐぐっと開け、右手につかんだフォークにパスタをからめ、口の中にグリグリ突っ込んだ。子供は建物中に響き渡るほどの大声で「ぎょえ~っ!!」。

「年をとって産んだ子だから、人一倍かわいくて仕方ないんだけど。意のままにならないと、どうも…ね。更年期のせいもあるのかしら」
ワケもなく子供を叱ってしまうと言う知り合いの話を思い出した。そう言えば、バモスおばさんも「頭痛がする」だの「しんどい」だのってよく昼寝してたっけ。なんだ、スペイン人も一緒じゃん。そう思ったら、おばさんのヒステリーが少しわかった、ような気が…。
人種が違っても女は女、オバはオバ。ラテンの血がヒステリー度をパワーアップさせただけ?